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準備中の私塾

ふらりと立ち寄って何かを拾っていってもらえるように。。(一通り勉強してこられた一般の方向け)

英語とはこういうもの 3

初めて外国語(英語)を習い始めた中学時代。ペラペラしゃべれるようになったら日本語と同じようになるよとか言われて、それがどういうことなのか勘違いな想像を巡らしてしまいました。それくらい簡単に感じるようになるよ程度の意味だったのでしょうけどね。(そういうふうには未だになれませんが…)

いくら英語を勉強して分かるようになってきても、どこまで行っても、日本人が英語を習う時に感じる英語というツールから受ける感触は変わらない。けれども、(ネイティブからいろいろ聞いてみると)どうやら、それはすでにネイティブが彼らの母国語である英語を使うときに感じているものと大体同じなのです。

論理的に考えればそうですよね。もしかして、私くらいでしょうか、こんな勘違いしていたのは。(苦笑)

言語にも性格があって雰囲気がある。それぞれの言語特有の、その言語の造りゆえに、それを使う人に感じさせる匂いのようなものがある。

それは、たとえば科学の世界と詩の世界の両方にどんなに精通しようと、相合うことのない違った独特の匂いがあるのと同じことです。

英語に比べて日本語は情緒的で、英語は日本語に比べて符号のように感じることがありますが、アメリカ人も日本語を習った人は日本語はpoeticだと言います。

ただ、英語のネイティブは英語を母国語としない人の利用も多いので、できるだけ平易な記述にしよういう動きがあるのだそうです。日本人でも外国人が片言の日本語で話していたらできるだけ易しい日本語でしゃべろうとしますよね。だから、日本人の私たちがお目にかかる英語はたいてい平易な英語なのです。たいていの一般向けの書物や雑誌、ビジネスレターなどはこれに当てはまると思います。だからここで、私たちが英語より日本語のほうが優れているかのように思うのは早とちりです。

英語圏のティーンの詩のサイトを見ると、この英語という言葉をそれはそれは巧く使いこなしていて、機知と心のこもったそして現代的で若々しい素敵な作品に感嘆します。

 

ついでに、他所で学生さんに質問されたのですけど、勉強方法は、英語に限らないですけど、私は作業と繰り返しに効果を感じている人です。さらっと見るだけ聞くだけで、みんな頭に入る人もいるそうですけど。残念ながら私はそうはいかない。。

作業に意義を見いだすことで関心が高まり集中できます。集中する時間を作るというのもひとつのポイントですね。

だから(ジレンマを感じますが)実際のところ、受身である学生の立場より、教材を用意したりする立場のほうが勉強できるのですよね。

そして繰り返し。やることが多くて、なかなかそんなにひとつのことに時間をかけていられない現代ですが、繰り返しには確かに学習効果がありますよね。